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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)15891号 判決 1988年11月25日

原告 河野多鶴子

右訴訟代理人弁護士 神谷岳民

被告 株式会社アートネイチャー

右代表者代表取締役 阿久津三郎

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 及川健二

主文

一  被告らは各自、原告に対し、金一二〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、金一六五一万六八八八円及びこれに対する昭和六一年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  不法行為の成立

(一) 原告は、東京都港区北青山二丁目一五番地所在、鉄骨造陸屋根三階建店舗(以下本件ビルという)の三階部分(以下本件建物という)において、青山外苑前クリニックの名称で皮膚科、形成美容外科を開業している医師であり、被告株式会社アートネイチャー(以下被告会社という)は、毛髪製品の製造及び販売を主たる目的とする会社であり、被告阿久津三郎(以下被告阿久津という)は、同社の代表取締役である。

(二) 原告は、昭和五九年七月一日に、被告会社から本件建物を期間二年、賃料一箇月あたり三二万一九〇円で賃借し(以下本件賃貸借契約という)、原告は、以後、本件建物で皮膚科、形成美容外科を営業していた。

(三) 被告会社は、原告に対し、昭和六〇年七月四日付書面で、本件ビルが老朽化したので六箇月後に本件建物を明け渡すよう通告した。これに対して原告は、昭和六〇年七月九日付書面で今後も引き続き本件建物を賃借したい旨回答した。

(四) これに対し、被告会社は、本件建物から原告を退去させるべく、原告に対して左記のような不法行為をなし、原告の医療業務を妨害した。被告阿久津は、被告会社の代表取締役として、右明渡工作の指揮を執っていたもので、左記行為はいずれも被告らが共同してなしたものである。

(1) 被告らは、昭和六〇年七月三一日、原告に通知することなく、突然被告会社出入りの工事業者をして、本件ビルのうち本件建物に通じる二階部分の通路と部屋を仕切るパーティション(以下本件パーティションという)を撤去し、その付近に応接セットや机類を設置して、通路があたかも部屋の一部となり、通路がなくなったかのように錯覚させる工事をなした。

また、同年八月一日には、右通路付近の部屋を麻雀屋に賃貸したと称して、右通路付近に麻雀用の机一卓と椅子を置き、ビールの空き瓶等を放置し、二階階段ホールにある原告の診療所への道順を示す標識を無断で撤去した。

さらに、同年八月九日には、本件ビルの一階から二階に至る階段と二階ホールとの間にあるドアのガラス部分に、「徳良興業青山支部」の文字を掲記した。

以上の行為により、昭和六一年一月ころまで、原告の患者、出入りの業者の通行が妨害され、原告の業務が妨害された。

(2) 被告らは、その管理下にある冷暖房の電源を、約束された時間に入れなかったり、途中で切ったりしたが、特に、昭和六〇年八月、九月、一二月と、昭和六一年一月はこれが甚だしかった。また、昭和六〇年八月から一二月までの間に水道の栓を二、三回、ガスの栓を三回位止めた。そのため、患者が来なくなったり、手術が妨げられるなど、原告の業務が妨害された。

(3) 被告らは、右翼である徳良健一(以下徳良という)と共謀し、同人の威力により原告を追い出すべく、昭和六〇年一二月一二日付で、名義上徳良に本件ビルとその敷地の所有権移転登記をなして譲渡を仮装し(被告会社は本件ビルとその敷地につき昭和六一年一月一一日付で真正な登記名義の回復を原因として、所有権移転登記を受けている)、建物解体料を同人に交付する一方、原告に対し、同月二〇日付書面で、本件ビルの所有権を徳良に移転したので本件賃貸借については以後徳良と交渉せよと通知した。徳良は、同月、一名の男を同道して本件建物に原告を訪問し、患者のいるところで、「土地、建物は自分が買ったので出て行ってもらいたい。一人や二人殺すのは簡単だ。」等申し向けて原告を畏怖させ、その後も何度も原告を訪ねるなどして、原告の業務を妨害した。

(4) 被告らは、昭和六一年七月から九月にかけて、本件ビルの二階部分をペットショップに賃貸したと称して、三箇月間にわたる改造工事をして原告の患者の通行を妨害した。右工事に伴う騒音により患者に不快な印象を与え、原告も医療業務を落ち着いてできなくなった。また、ペットショップへの賃貸により、衛生上の問題を生じさせ、患者に不快感を与えた。さらに、昭和六一年一〇月九日には、原告のクリニックの袖看板(被告会社から原告が貸与を受けているもの)が危険になったと称して突然これを取り壊そうとしたり、同年一一月一九日朝から午後四時ころまで本件ビルの一階入口に立入禁止の立札を立てたり、同年一一月二五日には本件ビルに動物病院の大きな看板を出して原告の看板を見えにくくして、原告の業務を妨害した。

2  損害

(一) 医療報酬の減収(六〇〇万円)

原告には、昭和六〇年七月三一日から昭和六一年一月三一日までの間に、左記のとおり医療行為の予約があったが、前記被告らの妨害行為により、右の予約が取消となり、合計九五六万円の医療報酬による利益を受けられなくなった。しかし、予約である以上、全部が手術をするとは限らないので、そのうち六〇〇万円の請求をする。

(1) 昭和六〇年七月三一日から同年八月三一日まで

二重瞼の手術一八件の予約があり、一件あたりの利益額は一五万七〇〇〇円である(手術料金一六万円から費用三〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計二八二万六〇〇〇円の損害を生じた。

(2) 昭和六〇年九月一日から同月三〇日まで

① 二重瞼の手術三件の予約があり、一件あたりの利益額は一五万七〇〇〇円である(手術料金一六万円から費用三〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計四七万一〇〇〇円の損害を生じた。

② 包茎手術二件の予約があり、一件あたりの利益額は一五万八〇〇〇円である(手術料金一六万円から費用二〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計三一万六〇〇〇円の損害を生じた。

(3) 昭和六〇年一〇月一日から同月三一日まで

① 二重瞼の手術三件の予約があり、一件あたりの利益額は一五万七〇〇〇円である(手術料金一六万円から費用三〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計四七万一〇〇〇円の損害を生じた。

② 下瞼手術二件の予約があり、一件あたりの利益額は一一万五〇〇〇円である(手術料金一二万円から費用五〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計二三万円の損害を生じた。

(4) 昭和六〇年一一月一日から同月三〇日まで

① 二重瞼の手術三件の予約があり、一件あたりの利益額は一五万七〇〇〇円である(手術料金一六万円から費用三〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計四七万一〇〇〇円の損害を生じた。

② 隆鼻手術一件の予約があり、利益額は二九万四〇〇〇円である(手術料金三〇万円から費用六〇〇〇円を差し引いたもの)から、同額の損害を生じた。

(5) 昭和六〇年一二月一日から同月三一日まで

① 二重瞼の手術一二件の予約があり、一件あたりの利益額は一五万七〇〇〇円である(手術料金一六万円から費用三〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計一八八万四〇〇〇円の損害を生じた。

② 包茎手術一〇件の予約があり、一件あたりの利益額は一五万八〇〇〇円である(手術料金一六万円から費用二〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計一五八万円の損害を生じた。

(6) 昭和六一年一月一日から同月三一日まで

① 二重瞼の手術三件の予約があり、一件あたりの利益額は一五万七〇〇〇円である(手術料金一六万円から費用三〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計四七万一〇〇〇円の損害を生じた。

② 黒子の手術四件の予約があり、一件あたりの利益額は一万九〇〇〇円である(手術料金二万円から費用一〇〇〇円を差し引いたもの)から、合計七万六〇〇〇円の損害を生じた。

③ 太田田斑の手術一件の予約があり、利益額は四七万円である(手術料金五〇万円から費用三万円を差し引いたもの)から、同額の損害を生じた。

(二) パーティション設置についての費用(五一万六八八八円)

(1) 原告は、被告らに取り壊された本件パーティションについて、その再設置を求めるため、昭和六〇年八月六日、東京地方裁判所に通行妨害禁止仮処分申請をなした(事件番号昭和六〇年(ヨ)第五六五四号、以下本件仮処分事件という)が、被告会社が昭和六一年一月、パーティションを設置したので、右申請を取り下げた。

(2) 原告は、本件仮処分申請手続を自ら行うことはできなかったので、園田峯生弁護士(以下園田弁護士という)に右手続を依頼し、昭和六一年四月、同弁護士に着手金、成功報酬として三八万八八八八円を支払った。

(3) また、本件仮処分申請は、パーティションの設置を求めることを内容とするものであったため、パーティションの高さ、幅、長さ、形状、材質を特定する必要があったが、原告はそのような特定はできないので、右特定のため、エスエス興業株式会社(以下エスエス興業という)に右設置を求めるパーティションの設計図の作成を依頼し、その報酬として、昭和六一年四月二〇日、同社に一二万八〇〇〇円を支払った。

(4) 右合計五一万六八八八円は、被告らが原告を本件建物から退去させる目的で本件パーティションを撤去したために原告が支出を余儀なくされたもので、被告らの不法行為によって原告が被った損害というべきである。

(三) 慰謝料(一〇〇〇万円)

原告は、被告らの違法な明渡工作により、夜も眠れない日々が続き、体調を崩し、体重も著しく減少したが、原告が被ったこのような多大な精神的苦痛を慰謝する慰謝料は少なくとも一〇〇〇万円を下らない。

3  よって、原告は被告らに対し、共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して、右損害金合計一六五一万六八八八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年一二月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

一  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)中、原告が医師であること及び原告の営業名称が青山外苑前クリニックであることは不知、その余は認める。

2  同1(二)、(三)は認める。

3(一)  同1(四)本文は否認する。

(二) 同1(四)(1)中、本件パーティションを撤去したこと及び通路付近に麻雀用の机一卓と椅子があったことは認めるが、その余は否認する。

本件パーティションの撤去は、本件ビルの二階部分を他に賃貸するための正当な改装工事である。

(三) 同1(四)(2)は否認する。

(四) 同1(四)(3)中、被告会社が徳良に本件ビルとその敷地の所有権移転登記をなし、原告にその旨通知したこと及び昭和六一年一月一一日付で真正な登記名義の回復を原因として、所有権移転登記を受けたことは認めるが、その余は否認する。

被告会社は、原告との本件建物の明渡等に起因するぎくしゃくした関係に嫌気がさし、昭和六〇年一二月二〇日に徳良に本件ビル及びその敷地を代金一一億円で売却したもので、徳良の威力により原告を追い出すべく、徳良への売却を仮装したわけではない。

(五) 同1(四)(4)中、被告会社が本件ビルの二階部分をペットショップに賃貸し、そのための改造工事があったことは認めるが、その余は否認する。

4  同2(一)は否認する。

原告主張の診療予約を裏付ける予約票、帳簿類は存在しないし、原告は、逸失利益の適正額を算出できる昭和五九年度、昭和六〇年度の確定申告書も証拠として提出しようとしないのであり、原告の主張は不自然である。また、美容成形の場合は、その性質上、普通でも予約した患者が無断でキャンセルすることは十分に予測できるのであり、原告の予約患者のキャンセルが、本件ビル二階通路部分の状況によるか、患者個人の事情によるかは不明である。

5  同2(二)中、原告と被告会社間に本件仮処分事件が係属したこと及び被告会社がパーティションを設置し、原告が右仮処分申請を取り下げたことは認め、右事件に関連して原告が支払った金員は不知、右金員が被告らの違法行為による損害であるとの点は否認する。

6  同2(三)は否認する。

三  抗弁

被告会社は、原告の本件仮処分申請に対し、昭和六一年一月に原告と裁判外で和解して、新たにパーティションを設置し、原告は本件仮処分申請を取り下げた(以下本件和解という)。もし、原告が本件和解当時、弁護士費用、設計料、営業損害等の請求権を留保したのであれば、本件和解は成立しなかったのであり、したがって、原告が本件で請求している本件仮処分当時の損害(昭和六〇年七月から昭和六一年一月までの損害)については、本件和解により、その請求権が放棄されたものである。

四  抗弁に対する認否

昭和六一年一月に被告会社が新たにパーティションを設置し、原告は本件仮処分申請を取り下げる旨の裁判外の和解が成立したことは認めるが、その余は否認する。

本件和解においては、本件仮処分事件の弁護士費用、パーティションの設計料、営業損害等、原告が被った損害については、何の話合いも合意もなされていない。

第三証拠《省略》

理由

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  被告会社は毛髪製品の製造及び販売を主たる目的とする会社であり、被告阿久津は被告会社の代表取締役である。

2  原告は、昭和五九年七月一日、被告会社から、本件ビルの三階部分である本件建物を、期間二年、賃料一箇月三二万一九〇円の約束で賃借し、以後本件建物で皮膚科、形成美容外科を営業している。

3  被告会社は、原告に対し、昭和六〇年七月四日付書面で、本件ビルが老朽化したので、六箇月後に本件建物を明け渡すよう通告したが、原告は、これに対して、昭和六〇年七月九日付書面で、今後も引き続き賃借したい旨回答した。

なお、《証拠省略》によれば、原告は医師であり、原告の診療所の名称は青山外苑前クリニック(通称クリスチーヌクリニック)であることが認められる。

二  不法行為の成立について

原告は、被告らは、本件建物から原告を退去させるべく、共同して原告の医療業務を妨害した旨主張し、被告らはこれを争うので、この争点について判断する。

1  被告会社は昭和六〇年七月三一日、本件パーティションを撤去したこと、その後本件パーティションのあった通路部分に麻雀用の机一卓と椅子が置かれていたこと、被告会社は昭和六〇年一二月一二日、徳良に対して本件ビルとその敷地の所有権移転登記をなし、同月二〇日、その旨原告に通知したこと、被告会社は昭和六一年一月一一日、本件ビル及びその敷地につき真正な登記名義の回復を原因として徳良から所有権移転登記を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告らが右翼団体の幹部である徳良と知り合うようになったのは、昭和五八年ころ、被告会社において頭皮に植毛を行った客が被告会社に苦情を述べたことがあるが、その際、その客と同行してきたのが徳良であったことからであり、その後、被告阿久津が徳良と三、四回食事をするなど、被告らと徳良との付き合いが続いた。

(二)  被告会社は昭和六〇年七月、徳良に本件ビルの二階部分の部屋(二階部屋)を賃貸するとともに、同月三一日、右二階部屋と二階から三階、すなわち原告が賃借している本件建物へと通じる通路(以下本件通路という)とを仕切っていた本件パーティションを撤去した。そして、徳良は、二階部屋に麻雀卓や椅子を搬入したが、実際に二階部屋を使用することはなく、賃料も支払わなかった。しかし、徳良は右麻雀卓や椅子、ビールの空き瓶等を本件通路部分にまではみ出して置き、本件ビル二階階段ホールにあった本件建物(原告の診療所)への道順を示す標識を撤去し、しかも、昭和六〇年八月九日には、本件通路の入口のドアに「徳良興業青山支部」と表示し、右ドアを閉めたため、本件通路は二階部屋に吸収され、独立した通路としての外観を有しなくなった。

(三)  その後、被告会社は、右1記載のとおり、徳良に本件ビルとその敷地の所有権移転登記をなすとともに、徳良に対し、様々な交渉に必要な費用として少なくとも数百万円を渡した。右所有権移転登記は、昭和六〇年一二月一一日付売買を原因とするものであるが、その代金は一一億円であり、被告らは徳良に右代金を支払うだけの資力はないことを十分知っていた。

(四)  被告会社は、昭和六〇年一二月二〇日、原告に対し、「被告会社は本件建物、付属の医療設備及び医療機器類一切を徳良に売り渡し、賃貸借契約も徳良が承継することになったので、賃貸借関係については徳良と交渉し、賃料も徳良に支払ってもらいたい。」との通知をし、その後間もなく徳良が本件建物を訪れ、診察中の原告に対し、「土地建物は自分が買ったから出ていってもらいたい。出ていかないのなら買ってほしい。自分は坪一二〇〇万円で買ったので、坪二〇〇〇万円、合計八億円で買ってくれ。一人や二人殺すのは簡単だ。」と言って明渡を強く求めた。その後、もう一度徳良は本件建物を訪れ、原告に明渡を迫ったが、原告は弁護士とともに明渡を拒絶した。

(五)  そこで、被告会社は、昭和六一年一月一一日、本件ビル及びその敷地につき真正な登記名義の回復を原因として徳良から所有権移転登記を受けた。その後、同年一一月になって、徳良は、原告に対する立ち退き交渉料等の名目で被告会社から三三〇〇万円を騙し取った疑いで逮捕されたが、同月二五日、徳良と被告会社との間で、「徳良は被告会社に対し、昭和六〇年一二月ころの本件ビル及びその敷地の売買、立ち退き交渉に関する詐欺事件に関し、損害賠償義務のあることを認め、示談金として五〇〇万円を支払う。被告会社は本件につき今後刑事上の処罰を求めない。徳良と被告会社は、被告阿久津が帰国した後、被告会社の被害総額の確定に関し協議を行い、具体的な弁済方法を定めた書面を作成する。」との示談が成立し、徳良は不起訴となった。

(六)  被告会社は、昭和六〇年八月から一二月にかけて、本件建物の冷暖房の電源を約束された時間に入れなかったり、途中で切ったりということを繰り返し、本件建物に通じている水道やガスの元栓を締めるということも何度かあった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

3  右1、2の事実及び前記一の当事者間に争いのない事実を総合すると、被告らは、本件ビルを建て替えたいとの強い希望から、原告に立ち退きを求めたものの、原告からこれを拒絶され、しかも、少なくとも昭和六一年六月三〇日までは本件賃貸借契約に基づく賃貸借期間が存するため、明渡訴訟を提起する等、法律に則った手段によって原告の明渡を実現することも困難な状況であったため、かねてから知り合いであった徳良の協力を得て、原告の本件建物の利用を困難にし、その診療業務を妨害することにより、原告の追い出しを図ったものであり、被告会社から徳良に対する二階部屋の賃貸や本件ビル及びその敷地の売買は、いずれも、原告を本件建物から立ち退かせるためになされた仮装のものであったことが推認される。そして、被告らの原告に対する右立ち退き工作は、本件パーティションの撤去等による本件通路の通行妨害に始まり、徳良による脅迫的な立ち退き要求にまで発展したものであって、社会通念上許される範囲を逸脱しているというほかなく、被告らは右立ち退き工作によって発生した原告の損害について、共同不法行為による損害賠償責任を有する(《証拠省略》によれば、被告阿久津は被告会社の代表者として右立ち退き工作を指揮し、被告会社と共同して右立ち退き工作を行ったものであることは明らかである)ものというべきである。

4  なお、《証拠省略》によれば、①被告会社は昭和六一年六月三日、原告に対し、本件賃貸借契約の期間満了日である同月三〇日に本件建物を明け渡すよう要求したが、原告はこれを拒絶したこと、②被告会社は同年七月、二階部屋をペットショップに賃貸し、二階部屋をペットショップとして使用できるように改装する工事を行ったこと(この事実は当事者間に争いがない)、③被告会社は、同年一〇月九日、本件ビルに設置された原告の診療所の袖看板(被告会社が原告に無償で貸与していたもの)を原告に無断で撤去しようとしたこと、④被告会社は、同年一一月二五日、本件ビルに動物病院の袖看板を設置したため、原告の診療所の袖看板が従来よりも見えにくい状態となったこと、などの事実が認められ、右3で判示したとおり、昭和六〇年七月から同年一二月にかけて、被告らが原告を本件建物から立ち退かせるために、社会通念上許される範囲を逸脱した立ち退き工作を行ったことから判断すると、右に認定したような被告会社の行為も、原告に対する嫌がらせ的な側面があるとは考えられるが、徳良に対する二階部屋の賃貸が仮装のものであったのと異なり、ペットショップに対する賃貸は真実のものであり、また、原告の診療所の袖看板も被告会社の所有であったことなどから考えると、これらの行為が原告に対する不法行為を成立させるほど違法性があるものと認めることはできない。

三  原告の損害について

1  医療報酬の減収について

(一)  《証拠省略》によれば、本件パーティションが撤去された昭和六〇年七月三一日から、被告会社が再び本件通路にパーティションを設置し、本件仮処分事件(昭和六〇年八月六日、原告から被告会社に対し、本件パーティションの再設置等を求めて申し立てられたもの)の申立が取り下げられた昭和六一年一月一四日までの間、前記二で認定した被告らの共同不法行為(以下単に本件不法行為という)、特に本件通路の通行妨害のために、原告の診療所に医療行為の予約をしながら、実際には診療を受けなかった患者も存在する可能性は否定できない。

(二)  そして、《証拠省略》中には、原告が請求原因2(一)で主張するような診療予約の取消及びそれに伴う医療報酬の減収があった旨の供述が存在するが、形成美容外科という原告の診療行為の性質上、偽名・偽住所で予約する患者が多く、本件不法行為とは関係なく、一般に予約しながら受診に来ない患者もいること、また、受診に来ても手術を受けるとは限らないことは、右供述によっても明らかである。しかも、《証拠省略》によれば、原告の右供述は、いずれも原告の記憶だけに基づくものであり(原告は昭和六〇年二、三、四月の診療予約の件数についてはその記憶がないと供述しており、原告の記憶自体その正確性は極めて疑問である)、電話で診療予約の申込を受けたときのメモや診療の申込書等の書面は何ら存在していないことが認められ、原告の右供述だけから原告が請求原因2(一)で主張するような診療予約の取消及びそれに伴う医療報酬の減収があったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  以上のとおりであるから、本件不法行為によって医療報酬の減収があった可能性は否定できないものの、具体的に診療予約の取消が何件あり、そのうちどの予約取消が本件不法行為を原因とするものかを確定するに足りる証拠がないため、結局原告の医療報酬の減収の主張は理由がないものといわざるを得ない。

2  パーティション設置についての費用について

(一)  原告と被告会社間に本件仮処分事件が係属したこと、及び被告会社がパーティションを設置したため原告が右仮処分申請を取り下げたことは当事者間に争いがない。

(二)  右(一)の争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、①被告らが昭和六〇年七月三一日に本件パーティションを撤去して本件通路の通行を妨害したため、原告は園田弁護士に委任して同年八月六日、東京地方裁判所に右パーティションの再設置等を求める本件仮処分の申請をしたこと、②そして、昭和六〇年八月九日、原告は再設置を求めるパーティションの材質、大きさ等をその設計図も付して特定したこと、③しかし、被告らは本件パーティションの再設置には応じず、かえって、右八月九日には、前記二2(二)で認定したとおり、本件通路の入口のドアに「徳良興業青山支部」という表示がなされ、右ドアが閉められたため、原告は、同月一三日、本件仮処分の申請の趣旨に「被告会社は右表示等の掲記を容認するなど、原告らの本件通路の通行の妨げとなる一切の行為をしてはならない」との申立を追加したこと、④本件仮処分事件は、七回の審尋期日を重ねたが、昭和六一年一月、裁判所の勧告にしたがって被告会社がパーティションを設置したため、原告は本件仮処分申請を取り下げたこと、⑤そこで、原告は昭和六一年四月一四日、園田弁護士に対し、本件仮処分事件の着手金、報酬、実費の合計額として三八万八八八八円を支払ったこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  右(二)の事実及び前記二で認定した本件不法行為の態様によれば、原告としては本件仮処分手続を追行する以外に被告らの妨害行為から原告の診療業務を守る手段はなく、しかも、本件仮処分事件の内容、進行経過、右事件進行中における被告らの妨害行為の態様などから判断すると、本件仮処分手続の追行を弁護士に依頼せざるを得なかったものというべきである。そして、本件仮処分事件の内容等から判断すると、原告が園田弁護士に支払った金額のうち、二〇万円は本件不法行為と相当因果関係を有する原告の損害と認めるのが相当である。

(四)  原告は、本件仮処分はパーティションの設置を求めることを内容とするものであったため、パーティションの高さ、幅、長さ、形状、材質を特定する必要があったが、原告はそのような特定はできないので、エスエス興業に右設置を求めるパーティションの設計図の作成を依頼し、その報酬として昭和六一年四月二〇日に一二万八〇〇〇円を支払った旨主張し、《証拠省略》によれば、原告が昭和六一年四月二〇日にエスエス興業に内装費として一二万八〇〇〇円を支払ったことが認められる。

(五)  しかし、《証拠省略》によれば、原告がエスエス興業にパーティションの設計を依頼したのは、昭和六〇年一一月ころであり、これは、被告会社が裁判所の勧告にしたがってパーティションを設置する場合、その材質、大きさ、形状等について原告の希望をいれてもらうためであったことが認められる。そして、右(二)で認定したとおり、原告は、昭和六〇年八月九日、本件仮処分事件において、設置を求めるパーティションの材質、大きさ等をその設計図も付して特定しており、本件仮処分の申請の趣旨としては、その時点で既に特定されていたものと解されるので、原告のエスエス興業に対するパーティションの設計依頼は、本件仮処分事件に不可欠なものであったと認めることはできず、したがって、仮に原告がエスエス興業に支払った金員がその主張どおりパーティションの設計報酬であるとしても(前記認定のとおり、甲第三五号証には「内装費」と記載されているうえ、甲第三五号証の作成年月日は昭和六一年四月二〇日であって、原告が設計を依頼した昭和六〇年一一月から期間が経過しすぎていて、真実甲第三五号証がパーティションの設計報酬の領収書であるか疑問がないわけではない)、これを本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

3  慰謝料について

本件不法行為の態様から判断して、原告が本件不法行為によって精神的苦痛を被ったことは明らかであるし、前記判示のとおり、本件不法行為によって医療報酬の減収があった可能性も否定できないことなども考慮すると、本件不法行為による慰謝料は一〇〇万円が相当である。

4  以上のとおりであるから、本件不法行為によって原告が被った損害の合計額は一二〇万円である。

四  抗弁について

被告らは、本件和解により本件仮処分当時の損害についてはその請求権が放棄された旨主張し、昭和六一年一月に被告会社が新たにパーティションを設置し、原告が本件仮処分申請を取り下げる旨の裁判外の和解が成立したことは当事者間に争いがないが、右和解において被告らが主張するような請求権の放棄がなされたと認めるに足りる証拠は何ら存在せず(請求権の放棄まで約束されたのであれば、通常その旨を記載した書面が作成されるはずであるが、本件和解においては何ら書面が作成されていないことは弁論の全趣旨により明らかである)、《証拠省略》によれば、本件和解においては、原告が被った損害については、何らの話合いもなされておらず、被告会社によるパーティションの設置と原告の本件仮処分申請の取下げが約束されたにすぎないものと認められるから、被告の抗弁は理由がない。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、共同不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、被告らに対し、連帯して金一二〇万円及びこれに対する弁済期経過後である昭和六一年一二月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福田剛久)

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